CULTURE

2020年9月11日

作家が紡ぐセルフプレジャー
第1回:窪美澄「自分に優しく触れること」

「セルフプレジャー」をテーマに、作家が思いをしたためる新連載「作家が紡ぐセルフプレジャー」。第1回目は、デビュー以来、人間の性を真っ向から描いてきた窪美澄さん。

 

 

〈性欲というやっかいで小さなたまごは、あたしのなかですでに孵化していて、それがたまごっちみたいに成長していくことを、あたしはそのときまだぜんぜんわかっていなかった。〉

デビュー作である『ふがいない僕は空を見た』という作品のなかで、こんなことを書いた。十六歳の女の子の台詞だ。

自分のなかにある性欲というものの存在に気がつくのはいったいいつだろう。
私が少女のころは、まったくそんなものがこの世にないように思わされていたし、そう教育されていた(厳格なカトリックの学校に通っていた影響もあるかもしれない)。性に関することを口にするのは、はしたない、みっともない、とされていた。性はいつも暗い地下蔵のようなところに収納されていて、絶対に日の光りに当ててはならない、と(ネットで検索するすべもなかった)。

この台詞の彼女が、「まだぜんぜんわかっていなかった」と思うように、誰も「人間には性欲がある。性欲というものを持つことはおかしなことではない」と言ってくれる人はいなかった。そうはいっても、明らかに自分には性に対する興味があるし、それを介在して誰かと触れあいたいという凶暴な台風のような欲望だけが、ただ、ごろん、とあり、その重さは日々増していった。
だから、ぶつかり稽古のように場当たり的に体験し、性を自分の体と心を使って理解していくしかなかった。今思えば、間違ったこともしたし、たくさんの人を傷つけたし、もちろん自分も傷を負った。

性欲やセックスよりも、もっと暗く、奥深い場所にあったのは自慰だ。
私は今でもこの言葉を音にすることができない。
友人には、「あんなに激しいセックス描写を書いているのになんで?」と不思議がられるが、どうしても恥の感覚を伴う。それくらい自分のなかではタブーなことだった。セックスの話はできるのに、自慰の話がどうしてもできない。それをすること、していること、どうやってしているか、そんなことを友人や恋人に話したこともない。年齢を重ねた今、そのことが少し悔やまれる。言葉にしてみればよかった、と。どんな反応を相手は返してくれただろうか。

それでも、二十三歳のころにつきあっていた人に聞いたことがある。
「私とつきあっているのにどうして一人でするのか?」と。
二歳年上の彼は少し困ったあとにこう言った。
「あなたに会えない寂しい夜にそうするのだ。あなたを思って」と。
この答えはもう今の私にとっては、ほんの少し甘過ぎるし、それだけではないだろう、とも感じる。
けれど、ふだんから言葉の少なかった彼のこの言葉は、当時の私を納得させるに十分だったし、彼のことがもっと好きになった。
私も彼に言ってあげればよかった、と今になって思う。
「私もあなたを思って一人ですることがあるの」と。彼はどんな言葉を、表情を返してくれたことだろう。

〈あのう私、今、欲情しておるのですが。
あなたとセックスがしたくてたまらないのですが。〉

これはセックスレスに悩むカップルを描いた『よるのふくらみ』という作品に出てくる言葉だ。
それから年齢を重ねて、性欲とはなんとやっかいなものだろう、と思うことも増えた。カップルであっても、二人の足並みが揃わない、という体験は多々ある。例え、二人でしているセックスであっても、目の前の誰かとは違う誰かを思いながらすることもある。どうしてもセックスのできない相手、というのもいる。そんな存在がいることは切なく苦しい。そんなときに一人で自分を慰めることをみじめだ、と、どうか思わないでほしい。そして、自慰で妄想する相手が大好きなあの人ではないこともある。そのことに体と心の不思議を思う。
自分の体を自分で甘やかす。そこにどんな罪があるというのだろう。世の中が変わったのか、それとも私自身が変わったのかはわからない。それでも、これだけは言える。性や自慰に対する罪悪感、というのは人生に不要な荷物。そんなものはどこかに放っておいていいのです。

私には息子が一人いるだけで、女の子の子どもがいない。
だから、作品のなかで女性の登場人物が口にする言葉は、女の子、女性に対するメッセージでもある。言葉を変えて何度も言いたいことは同じだ。自分の体と心をまるごと受け止めてほしい、と。受け入れがたいことも多々あるだろう。そのことで自分を嫌いになったり、相手に理不尽な思いをぶつけてしまうこともあるかもしれない。それでも。
あなたがまずあなた自身を愛そう。どんなに恥かしいことをしても、思っても、あなたは価値のある人間なのだ。それだけが言いたくて、私はたくさんの言葉を尽くして、小説を書いているのかもしれない。

自分の体に優しく触れてほしい。
自分の胸のやわらかさ、なだらかな腰のカーブ。ひんやりと冷たいおしりの感触。自分の体の好きなところをたくさん見つけてほしい。
そして、まったくその存在に気づかなかったファンクションキーを見つけるように、快楽がこぼれ出す場所を見つけてほしい。それが一人のときでも、二人のときでも、どちらでもいい。そこに何かの差や優劣があるわけでもない。自分の体の機嫌をとることは大人としてのつとめなのだから。
自分の体を知ること。自分の体に触れること。自分が性欲を抱えた人間であることを知ること。その時間は誰にとっても、甘く、せつなく、そして、とてつもなく優しい。

 

◾︎プロフィール
窪美澄
1965年生まれ。2009年、『ミクマリ』で「女による女のためのR-18文学賞」で大賞受賞しデビュー。2011年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、2012年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、2019年『トリニティ』で織田作之助賞を受賞。そのほかの著書に、『よるのふくらみ』『じっと手を見る』など。最新作は『私は女になりたい』(2020年9月16日発行)
Twitter:@misumikubo

 

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