CULTURE

2021年4月7日

作家が紡ぐセルフプレジャー
第4回:戸田真琴「月の裏側・夜のともだち」

「セルフプレジャー」をテーマに、作家が思いをしたためる連載「作家が紡ぐセルフプレジャー」。第4回目は、AV女優兼コラムニストの戸田真琴さん。

 

 

「”ともだち”とは、自分の輪郭を教えてくれるもののことを言う。」と、昔書いたことがあった。人に限らず、本や漫画や映画など文化的体験を指す言葉だった。

 

今そのことを思い出すのなら、それは少なくとも太陽の下を歩かせることができる部分のみを抽出した真実だったと言える。

 

どんなものにも、夜にしか発露されない姿がある。たしかに私の夜には、もっと人に言えない「ともだち」もあった。そちらのほうのともだちは、わたしの輪郭をくっきりとさせるのではなく、誰にも内緒で、とろとろと溶かしてくれるのだ。出会ったのはたぶん小学生くらいの頃で、家族みんなが出かけているあいだに、リビングのこたつの足を股にはさんで押し付けていると現れた。そうしていると閉じた目の奥のほうが点描でぽうと光るように白んでいき、やがてちかちかとまたたいて数秒の「無」をつくる。これ以外に、手作りできる「無」を私は知らなかった。なんでも世間から見るには考えすぎているらしい私の過集中気味の脳は、今よりもさらにアンコントローラブルを極め、ほんとうにどうでもいいことを信じられないほど深読みして勝手に疲れきったり、どうしたって今じゃないと言う時に電池切れを起こしたりするのがざらだった。

 

私が私の手でボタンを押すようにとある箇所をかわいがるとだんだんと何もかもがどうでもよくなり、それから、数秒の「無」にたどりつく。このあまりにも都合の良い遊戯のことをなんと呼ぶか、それは人にも時代にもよるらしい。私が最も気に入っているのは圧倒的に「自慰」という呼び名だった。この四角い芋虫のとなりにぎっちりと中身の詰まった明朝体が寄り添っている感じがはずかしく、ほんとうにぴったりな書き方だと思う。自分を慰めるという文字の感じがこんなにはずかしいというのは、日本語におけるある種の完璧さだった。完璧さ。自慰は自らの手で「完璧」をほんの一瞬つくり出せる手段だ。時間はほんの少しでいい、お金もかからず、誰にも言わなくていい。自慰という後ろ暗いわたしのともだちは黙ってぷしゅうと空気穴を抜くように、私を思考の渦からつまみだした。それはとてもずるい行為のような気がしていて、それだからこそ、やめられなかった。

 

太陽よりも月よりも、月のその裏側にいる誰かに出会いたくなってAV女優になった。

この世界には、太陽を無料で浴びることにも月を見上げて物思いにふけることにも満足ができず、わざわざ月の裏側まで見にくる人がやまほどいる。たくさんのカメラと大人がぞろぞろと並びたつその場所では、「オナニーはしたことある?」という質問が優しげな声色で手渡される。わたしはびっくりした。これは、どっちを答えるのがいいんだろう、と悩んだ。したことあるよ、したことあるに決まってるじゃない。していない男の子がほとんどいないように、していない女の子だってほとんどいないのではないですか。知らないかもしれないけれど、けっこうべんりなんですよ、わかりやすく息抜きをするスイッチが股のあいだについているようなものなんですから。そう思いながらきょろきょろと周りを見渡して、「マジでどっち?」という意味のアイコンタクトを試みるも、誰の目からも感情が読み取れない。打ち合わせで言われた、「思った通りの素直な回答をしてくれたらいいから」という本当か嘘かわからない言葉をわざと鵜呑みにして答えてしまう。答えてしまうぞ。いいの?「めちゃくちゃしますよ。週7くらいで。休日、もうなんにもやる気が起きない日なんかはやすみやすみ一日中していることもあるくらいです」……と答えてしまいたいのをさすがに我慢して、週2、3回くらいだという設定にした。

 

AV女優になったことを友達に言えなかったのは、苦労人だと思われたくなかったことと、それから、自分以外の女の子は自慰などしないと思っているところが心の奥に少なからずあったからだ。自慰をすることとAVを認めることはイコールではないけれど、まあ、世界の女の子の中で自分一人だけが自慰というこのずるい遊びを知っていて、誰にも秘密で猿のように耽っているのかもしれないことを、人には言えやしないように、AVのことも友達に言えるわけがないのだった。ある友達とわたしは、たぶん出会ったばかりの初めのころ、おもしろい双子のようだったと思う。ふたりとも、黒い髪をのばしていて、いつも花柄のワンピースを着ていた。ヒールのないぺたんこの靴を履いて、セックスも知らなかった。ほんとうの愛はけっしておとぎ話ではなく現実として手に入れるべきなのだということを、おとぎ話のように、信じていたように思う。

 

数年経って、なんの仕事をしているのかよくわからない友達、として彼女と会っているつもりだったわたしは、「ほんとはね……」と、いじらしい告白を聞くことになる。「本当は、君のAV、デビューしたときから知ってる。ていうか、基本毎週ランキング見てるから売れてるデビュー作はだいたい知ってるし、いつ言おうかなって迷ってた。なんかひとに言えない事情とかあったらどうしようって思ってて」ずっと、友達とおかずのあいだで揺れていたらしい。

わたしたちは、髪も切って花柄のワンピースもやめ、処女でもなくなったけれど、あのときには知り得なかったことを知った。女の子もオナニーするんじゃん、わたしなんかよりもずっとはげしくしている子だってやまほどいるんじゃん。

 

それからコンビニに行って、わたしが表紙になっているエロい雑誌の前で同じポーズをして写真を撮った。

 

みんな、嘘をついている。自慰をしているかどうかだけでなく、しているとしたらどのくらいの頻度であるか、なんのことを考えてするのか、そういう質問には全部、嘘をついてしまう。私のしている仕事においては、少なくともそうだった。その回答が、作品の目的である「男性の性的興奮をそそる」ものとは限らないから、嘘をつくしかなくなってしまう。本当に近いことを言おうとしても、ほんとうのほんとうはどんなことの、どういうところで、どう興奮したのかどうかは、実際のところその最中にしかわかり得ないことだから、どうしたって「なるべく本当を再現しようとした嘘」止まりになる。

 

おてんとさまの下を歩かせられる欲望と、夜にしか見せられない欲望があるとして、夜にだって、世間体と嘘がある。そこからさえもこぼれ落ちたほんとうの裏側の欲望は、最後には、自分がひとりで叶えてやるほかないのだ。脳みそのもっとも便利なところは、自分意外には見えないところにある。どんなことを考えていても、それを外に出しさえしなければ、誰にも裁かれることはない。自慰というのは、性感においての本当の自由がある場所だった。私と、私の脳と、そこからつながる肉体の、その三者間だけのほんとうの秘密をつくっていい。

 

月の裏側を見たがる人がいようとも、ほんとうには見せてやることはできないということが、そこまで含めて、ひとりぼっちの「完璧」をかたちづくっている。ごちゃついた頭を浮腫んだ身体で引き摺るように運びながらなんとか生きる今日の日の終わりや、わたしが生きているということを誰も知らないでいるような静かな午後に、合言葉をささやくように、自分を慰める行為がはじまる。私のことをどうやってかわいがってやればいいのか、私だけは、知っている。自分の身体を触るたびに、私は私を知ることになる、わたしはわたしを知ることで、明日の私を慰める権利を今日も得るのだ。

 

プロフィール

戸田真琴

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラムなどを執筆、現在は『TV Bros.』で「肯定のフィロソフィー」を、ウェブメディアFikaで「戸田真琴と性を考える」を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。初のエッセイ『あなたの孤独は美しい(竹書房)』を2019年12月に、2020年3月には2冊目の書籍『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても(KADOKAWA)』を発売した。Podcast 『戸田真琴と飯田エリカの保健室』を毎週月曜夜8時より配信中。

Instagram:@toda_makoto  note:戸田真琴

 

 

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