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性的なシーンを安心して撮影するために。浅田智穂に聞く、インティマシーコーディネーターの仕事

 

私たちが映画やドラマで目にするキスシーンやラブシーン。映像作品における性的な描写や露出を伴うシーン(インティマシーシーン)において、安心・安全に撮影されるようサポートするのが「インティマシーコーディネーター」というお仕事です(「インティマシー」とは、英語で親密さや、愛情行為を意味します)。2017年に大きなムーブメントとなった「#MeToo運動」に後押しされてハリウッドで広まり、日本でも注目を集めている職種です。

 

浅田智穂さんは、日本初のインティマシーコーディネーター。Netflix作品『彼女』、『金魚妻』をはじめ、さまざまな作品の現場に携わられています。日本では2名しか公式の資格所有者がおらず、先駆者的な立場で映画の現場に参加し、インティマシーシーンに対する意識の変化、仕事の認知拡大に努めていらっしゃいます。

 

昨今では、日本でも映画界のセクシュアルハラスメントが問題視され、数々の告発がニュースになっています。私たちがこれまで何気なく見ていたラブシーンが、じつは俳優さんへの過度なストレスやハラスメントなどのもとに撮影されていたかもしれないという可能性はショッキングでありながら、なかなか可視化されにくい部分。ますます必要性が高まっているインティマシーコーディネーターの仕事内容や、海外の潮流、また観る側の意識などについてうかがい、「出演者も観る側も安心できるラブシーンとは何か」を考えました。

 

浅田智穂
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。2003年、『東京国際映画祭』にて審査員つき通訳として参加したことがきっかけとなり、日本のエンターテイメント界と深くかかわるようになる。映画の撮影現場における監督つき通訳のほか、台詞の英訳や美術装飾品の翻訳、キャストの英語台詞の指導、海外を拠点とする演出家、振付家、ダンサーと日本の製作者、キャスト間の通訳などを務める。2020年、Intimacy Professionals Association(IPA)にてインティマシーコーディネーター養成プログラムを修了。IPA公認のもと活動開始。Netflix作品『彼女』において、日本初のインティマシーコーディネーターとして作品に参加。以降も、複数のプロジェクトに携わっている。
twitter:@ChihoAsada

 

コミュニケーションを積み重ね、性的なシーンに臨む俳優の不安を取り除く専門職

——映画業界におけるセクハラ・パワハラの問題が数々浮き彫りになっています。浅田さんはこの状況を、どのように受け止めていらっしゃいますか?

浅田:正直、寝つけないような状況が続いています。もともと、映画業界のインティマシーに対する意識変化の一端を担えたら、という想いで始めた仕事なので他人事ではありません。

 

ただ、ニュースにあるような、撮影現場以外でのセクハラだと私にできることは何か、考え込んでしまいました。現段階では、「インティマシーコーディネーター」という仕事の認知を広めることが抑止力になるかもしれない。インティマシーコーディネーターを導入した現場の数が増えれば、それだけ安全な映画が増えるということだと考えて、参加できる映画の数を増やすことと、認知拡大を頑張っています。

 

——実際に浅田さんとご一緒された俳優さんが、「インティマシーコーディネーターさんがいて安心できた」とインタビューで答えているのを拝見し、こうした声が多くの現場に届いてほしいと思いました。

浅田:嬉しいお言葉ですね。周囲とも「日本の映画業界でも本格的な#Me Tooが始まった」と話しています。ただ、告発に関しては、声をあげた本人たちがセカンドレイプに遭わないように注視したいです。

 

浅田智穂さん

 

——あらめて、インティマシーコーディネーターの基本的なお仕事内容について教えていただけますか。

浅田:役割としては、映像において俳優がヌードになったり身体的な接触描写があるシーンにおいて、俳優の精神的・身体的安全を守りつつ、監督の演出意図を最大限実現できるようにサポートする仕事です。

 

仕事内容としては、まず、撮影準備の段階で脚本を読ませていただき、私なりに考えるインティマシーシーンを抜粋します。たとえば「愛し合う」「身体を重ねる」とは、具体的にどのレベルなのか。全裸でも背中からしか撮らないのか、露出するのは上半身だけなのか。キスは軽く唇を重ねるのか、舌を絡めるのか。監督がイメージするものを具体的にして、俳優に監督の希望を伝えます。言葉だけだと曖昧なので、必要に応じて写真や絵を使って。

 

そこで俳優側の意見も聞き、監督に戻し……やりとりを重ねて、両者の同意を得られたらOK。細かく内容を記載した同意書にサインをしてもらい、本番に臨みます。

 

浅田智穂さん

 

——これまでは監督やプロデューサーが直接指導をしていた、ということですよね。

浅田:そうですね。過去には「ここがプロデューサーの腕の見せどころ」みたいに、俳優に説得する風潮がありました。しかし、その認識が大きな間違いだと思いますし、パワーバランスの関係で「ノー」と言えない俳優もたくさんいます。なので、あくまでも客観的に、第三者であるインティマシーコーディネーターが両者のあいだに入って、話し合いをすることで安全な現場をつくっていけると考えています。

 

——関係者間の調整をするなかで、難しさを感じる部分はありますか?

浅田:数え切れないくらいありますが(笑)、俳優に限ったことで話すと、こうしたシーンは役の心情を表現したり物語の転換点になったり、重要な場面であることが多いです。俳優も仕事として挑戦したい気持ちがあるなかで、不安もある。後々後悔しないよう、短い時間ではありますが何度も話して、信頼関係を積み重ねて、「不安」を感じる要素を拭いされるように努力します。

 

身体的にも心理的にも安心・安全な撮影のための3つのルール

——具体的に安心・安全な撮影現場をつくっていくために、浅田さんが心がけていらっしゃることはありますか?

浅田:インティマシーコーディネーターの導入を検討いただけた場合、3つのルールを守っていただくようにお願いしています。

 

まず、俳優に対して強制がないこと。インティマシーシーンは、すべて俳優の同意を得たうえで撮影いただきますし、私からも説得はしません。2つ目が、必ず前貼りをすること。下半身を保護するアイテムで、時には「暑い」「役に入れない」と装着を拒否する方もいらっしゃるそうですが、安全性や衛生面を考えて絶対につけてもらいます。3つ目が、クローズドセット。現場のスタッフは必要最小人数に抑えていただきます。これまで当然のように気をつけていた監督やプロデューサーもいらっしゃるので、決して難しい内容ではないと思います。

 

 

浅田:私個人としては、俳優やスタッフと細かく、丁寧にコミュニケーションをとることを心がけています。たとえば、前貼りアイテムを事前に見せたり、逐一確認したり。これまで私が入った現場で「俳優が意に反してやらされているかも」と思うような場面はなかったですし、こちらが気になったシーンは、撮影後にマネージャーさんと監督に相談し、編集いただく約束をすることもあります。本当に嫌なことがあれば、当日言っていただいても構わないんです。ただ、俳優がそこまで不安を抱えないように、最善の準備とコミュニケーションを重ねます。

 

——俳優側も、役者として思い切り演じたい気持ちもあると思うので、浅田さんの役割は心強いですね。

浅田:私もそうだと思っています。彼らが集中して、全力でお芝居ができる状況に持っていけるようにサポートできたらと。

 

——撮影現場に関しては、ルールは設けられているのでしょうか?

浅田:そうですね……お願いしたいことはたくさんありますが、撮影が進まなくなってしまうので最低限のお願いごととして、撮影に関係しないキャスト・スタッフの入出は控えていただく。モニターの数は制限して、壁側に向ける。覗き込める人数を最低限にするためです。地道に、みなさんと相談しながら現場をつくっていく日々ですが、意識変化への手応えは感じています。私自身も勉強しながら、安心・安全な現場づくりができる立場を確保したいですね。

 

 

未成年をスタジオに入れない、専門家の登録制度……ルールづくりが進むハリウッドの現状

——日本では資格取得者がお二人だけなんですよね?

浅田:はい。私はロサンゼルスに本部のある「Intimacy Professionals Association (IPA)」でインティマシーコーディネーターの資格を取得したのですが、全世界で登録者数は50人前後と聞きます。

 

インティマシーコーディネーターが初めて採用されたのが、米HBOのドラマ『ザ・デュース(原題:The Deuce)」(2017〜2019)。HBOでは、どの作品でもインティマシーシーンの撮影には必ずインティマシーコーディネーターを立ち合わせるというルールがあります。

 

また、「SAG-AFTRA(全米映画俳優組合)」という俳優の労働組合は、厳しく未成年に関するルールを設けています。たとえば、インティマシーシーンの撮影がある日は、未成年は撮影現場やスタジオのある建物に入れない。同意書もとても細かくて、若い俳優にとってトラウマにならないよう配慮がされています。

 

『ザ・デュース』シーズン1 トレイラー映像

 

「インティマシーコーディネーターは性、そして人間の尊厳に関わる大事な仕事」

——大きな組織がルールを義務づけることで、業界全体の意識が変わりそうですね。

浅田:そうですね。SAG-AFTRAはインティマシーコーディネーターという職種の公式認定と登録の制度も始めました。私たちは性、そして人間の尊厳に関わる大事な仕事だと思っているので、指定された機関で専門のトレーニングを受けた人のみが認定されることは、非常に重要なルール化だと思います。また、インティマシーシーンのある全ての作品にインティマシーコーディネーターを入れることを義務づけようとしていて、それも可決の方向で動いていると聞いています。

 

組合によって撮影環境が守られているアメリカに比べて、日本はまだまだ条件がそろっていませんが、導入が始まったこと自体が第一歩なので、実績を積んでいくことで必要性を感じていただけたらと思っています。また、Netflixでは積極的にインティマシーコーディネーターを導入しているので、日本でもそうした組織が増えることも願っています。

 

 

「俳優を守ることは第一ですが、スタッフのことも守りたいんです」

浅田:また、Netflixでは「リスペクトトレーニング」という、ハラスメント防止の講座もあります。映画業界においていま必要なことは、ハラスメントへの意識を高めること。何をハラスメントとするかの線引きはされた本人にしかわからない。相手がハラスメントだと感じたなら、そうなんだと思います。なので、相手の立場に立って、自分の言動を見つめ直すことが必要ですよね。それは、私が大事にしている「丁寧なコミュニケーション」によって成り立つと思います。

 

この仕事をしている以上、セクハラは見逃せませんし、起こらない現場をつくりたい。しかし、私一人でセクハラかどうかジャッジし続けることは難しいので、お互いに意見しあえる環境が解決の鍵なのかなと思います。ただ、映画の現場はとても過酷で殺伐としているので、非常に難しい部分ではあるんですが……。

 

浅田さんが参加したNetflix作品『金魚妻』予告編

 

——スタッフの方々の労働環境が過酷ななかで、「丁寧に」と言われても気持ちが追いつかない可能性もありますね。

浅田:そうだと思います。私が丁寧な姿勢を心がけることで変わる部分もありますが、忙殺されているスタッフの皆さんのことは常に気にしています。俳優を守ることは第一ですが、スタッフのことも守りたいんですね。精神的にギリギリな状態だからこそ、彼らだって不安はある。たとえばインティマシーシーンに立ち会っていることでハラスメントを疑われていないか、不安に思う男性スタッフがいたことがありました。そのときは自分の職業を全うするために現場にいることを明らかにして、自信を持って仕事をしてもらえるように守ることを心がけました。

 

私はセクハラ・パワハラに限らず、大きくは労働環境の過酷さや、女性の働き辛さを変えていきたいと思っています。私自身、小学生の子どもを育てている母親なのですが、勤務時間が長いことやスケジュールの変更などで、子育てと業界の仕事の両立の難しさを日々感じています。出産や子育てとキャリアを天秤にかけ、業界を離れることを選択された方もたくさんいらっしゃいます。女性が働きやすい職場はすべてのジェンダーにとって働きやすい職場だと思いますので、インティマシーシーンを突破口に、相乗効果で業界全体が良くなっていけるようにしたいです。

 

 

観客の声にも業界のムードを変えていく力がある

——撮影現場でのハラスメントについて報道される機会が増え、観る側にとってもセンシティブな状況です。インティマシーシーンを観る側への影響や、観客の意識についてのお考えはありますか?

浅田:インティマシーシーンの難しいところは、どこまでの性描写がどんなふうに描かれているのか、観てみないとわからない、ということです。いまはR-指定くらいしか判断材料がなく、人によっては観てから驚くケースや、トラウマやフラッシュバックにつながる可能性もあります。なので、そういった可能性があるものについては作品側が発信してくれると良いと思います。

 

また観客もインティマシーシーンを見て疑問に思ったことや、インティマシーコーディネーターの必要性を感じた部分があったりしたら、ネタバレしない範囲でその思いを大事に発信いただけたら、今後につながっていくのかなと思います。俳優や監督も、自分たちがいかに安全に撮影したのか、発信してくださる方も増えています。そこに観客の発信も加わることで、業界が変わるかもしれないと期待しています。

 

映画というエンターテイメントを楽しんでもらえるように、変わらなきゃいけないのは現場であることが大前提ですが、観客の声が業界のムードを変えていくことも確かです。Twitterをはじめとした一般の人々の声というのは想像以上に影響力があると思っています。

 

——世論が社会を変えていく、というのはエンターテイメントの世界でも同じことですね。

浅田:そうですね、観客あってのものなので。まだまだ先の話になると思いますが、インティマシーコーディネーターが関与しているかどうか、観客に対して明確になると良いなと思っています。

 

映画のエンドロールで「撮影時に動物虐待をしていません」などの注意書きが出ることがありますが、そんなふうに「インティマシーコーディネーターを入れています」というテロップが入ったり、宣伝の段階で導入していることを明らかにしたり、HBOのようにルールを設けたり。そうした会社の姿勢を観客が評価することで、業界にさらに良い影響が与えられると良いですね。

 

 

——最後に、浅田さんがお仕事を通じて実現されたいこと、思いをおうかがいできますか。

浅田:これまで、映画だから許されていることってたくさんあったと思うんです。私は、まずそこの認識を変えていきたい。芸術として必要なシーンだったとしても「映画だから何でもあり」は違うと思います。俳優だって人間なので、トラウマになる可能性があることを考えていきたいですね。

 

パワーバランスを正したい気持ちもあります。聡明で、意識の高い監督やプロデューサーがいる一方で、権力を持ち過ぎてしまった人もいる。第三者である私が介入することで、これまで良しとされてきた文化や権力の誇示を見直して、整理できるように努めたいです。また、話を聞きたいと仰ってくださる方々も増えているので、勉強会などの機会を用意してインティマシーコーディネーターへの認知を広めていきたいです。

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